こんにちは、泳げ鯛焼き君♪です。
久し振りに、外に洗濯物を干しました!
冬の寒い時期は太陽が低いところを通るため、部屋の中までぽかぽかな日差しが入ってくるのでお部屋干しのほうがよく乾きます。お部屋の乾燥防止にもなり一挙両得。
少し暖かくなり始めると花粉、黄砂、PM2.5と洗濯物が汚れそうな要素がふわふわ
ここから毎日海を見ていると、明石大橋のかすみ具合で空気の透明度がとても良くわかります。天気が崩れそうとか、そろそろ回復するぞなんてことに加えて、今日は晴れているのに霞んでいるなー、と言う日はNHKのデータでチェックすると大抵PM2.5が濃くなっています。
そんなこんなで、半年くらい部屋干しにすっかり慣れてしまいましたが、ようやく梅雨入り前のこの時期、ドバーッと大きなものを広げることが出来ました。嬉しい(^-^)
部屋の中でもすぐに乾くのだけど、大きなものを広げる場所に苦労します。
シーツは計画的に順番に洗わねば。
ま、そういうことを考えるのも家事の楽しみの一つではありますが♪
最近つくづく思うようになってきたことは、何でもかんでも徹底的に洗いざらい、よりは、ほどほどに心地いい程度で納めることの良さです。
私は子供の時からずっと自分の気持ちを分かって欲しい、ちゃんと聞いて欲しいと思い続けていました。実家は商売をしていて朝から晩まで母は忙しくしていて、話を聞いてもらう時間などなかったから。
そのまま大人になって、一緒に仕事をしている間はまだよかったけど、店を畳んで私は外に働きに出、その後結婚して別々に暮らすようになりました。母は一人暮らし、こちらは家族との生活がどんどん大切になっていきます。
次第に、お互いにとって大切にするものが変わってきます。生活スタイルも、考え方も違って当たり前になってきます。
それでも、やっぱり母には自分のことを理解して欲しいと思い、ついついあれこれ話して気持ちを共有してもらおうとしていました。
ところが、子供時代からそもそも母はあまり私のことを理解していなかったにもかかわらず、本人は良く理解していると誤解しています。そのため、今になって違いを正そうとすると、どうしても言い争いになったり、気まずくなったりでお互いしんどい思いを何度もやりあって来ました。
私も、子育てをする中で自分の子供の成長を見る中で次第に親の気持ちも理解できるようになったり、あの時は私はこう思ったけど、親からしたらこういう気持ちだったのかも?と気づくこともだんだん出てきました。
そして、母は年老いてきます。
もう、昔のようななんでもカンでもスーパーウーマンの母ではなくなってきました。こちらが一歩下がって労わる存在になっています。
ようやく私も大人になって、本気で体当たりするような発言は避けて、意見が合いそうなことだけふわふわと話してお互い幸せな会話をして、意見が合わないときは
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